「じゃあ、ナルトも食べようか」ヤマトの厚みのある手がナルトの頭の上に軽く置かれた。ナルトは二重の意味で頷いた。サスケが再び自分の隣にいることで忘れていた。サスケが進む道は決して平坦ではないという事を。*頭が、傷口が、身体中の至る所が痛くて目が覚めた。ヤマトの完璧な介助で食事を終えて、歯を磨いて、身体を拭いて、そこからの記憶が虚ろだ。疲れてそのまま眠ってしまい、薬の服用を失念していた。薬の助けがなければまだこんなに痛いのだ。「痛くないんだよ」微睡んだままの耳に必死な呼びかけが聞こえる。サクラの声だった。泣くのをこらえて絞りだしている声だ。辛くてどうしようもない時に出す、悲しい声。何度も聞いたその声はいつもサスケに向けられていた。「サスケくん、痛くないんだよ、違うから。それは違うから」ナルトは覚醒して、半身を起こす。薄闇の中で目を凝らした。壁に向かって小さく丸くなるサスケの右腕が、何かを探すように空を掴む。「サクラちゃん?」呼びかけるとサクラが振り返る。翡翠の目が非常口を知らせる緑色のランプを映し込んで揺れていた。「ナルト……ごめん起こしちゃったね」「サスケ、どうかしたのか?」ベッドから重い身体を引き抜き、サクラの背後に立つ。痛み止めが切れたせいか、右腕の切断面が久しぶりに疼く。視線を落とすと額に脂汗を浮かべ息を殺し、苦痛に顔を歪めたサスケがいた。決して声を出さないが、喉の奥で音をさせる。痛む箇所を求めて彷徨う右手は血管が今にも切れてしまいそうなほど膨れていた。「これって…」「幻肢痛よ」親知らずの痛みを訴えたナルトにサクラが説明した症状。あれは、自分にだけでなくサスケにも向けた言葉だったのだと気がついた。このサスケの症状を知っていたから、サクラは必死に治療を訴えたのだ。「治療するには、本人の協力がいるの。でも、サスケくんは言ってくれないから」サクラは自分の汗を乱暴に手の甲で拭い、それから手にしたタオルをサスケの額に優しく当てた。「幻肢痛はまだメカニズムさえ明確に解明されていない歴とした病気なの。だけどサスケくんは自分の精神の弱さが生み出してる痛みだって思いこんでるみたい。だから言わないのよ、人に弱さを見せることを嫌うから」「ないのに、痛いのか?」「ないからこそ痛いのよ。どんな強力な痛み止めを打ったところで効かないんだから」サスケが歯を食いしばる。呻きが微かに漏れて、足が布団を蹴った。「大丈夫だよ、痛くないよ」サクラはまた小さく呼びかけて、サスケの頬を濡らす汗を拭き取る。ナルトが惰眠を貪っている横で、サスケは痛みと戦い、サクラは毎晩己の無力を嘆いていた。また、自分は知らなかった。「サスケ」耐えきれずにナルトはサスケの肩を力尽くで揺する。「ちょっとナルト」サクラの制止を無視して、形のよい耳元に口を寄せ「サスケ!起きろ」と叫ぶ。起きて、解ればいいと思ったのだ。今、サクラが変わらずサスケの傍らにいることを。己を今苦しめている痛みが実在しないことを。「サスケ!」長い睫毛が震えて、漆黒の瞳が垣間見える。瞬間、苦痛の色が少しだけ和らいだように見えた。「……ナル…ト……?」声は弱々しくも掠れている。「起きろ」もう一度耳に吹き込んだが、薬のせいかサスケの瞼はそのまま閉じてしまった。そして、肩をビクリと震わせて苦渋の表情に戻る。まるで、痛みに逃げているようだ。幻の痛みに身を委ねることで、本当の痛みから身を護っているようだった。
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