「うっ…うっう〜……。うぐっ。」<br>「おい、あんまり擦るなよ。余計に化粧落ちるぞ。」<br>「うっ、ふんっ………えっ!?」<br>「うおっ!?」<br><br>井上はすごい勢いでバッグの中を引っ掻き回して小さな鏡を取り出すと、うわあああ、と小さな悲鳴を上げた。<br><br>「ひ、ひどい顔っ!」<br>「んなことねえよ。つーか、今更……。」<br>「いまさらっ!?」<br>「駅前で泣いたときから、落ちてたけど……。」<br>「ええっ!?教えてよう。」<br><br>井上は、鏡を見ながらポーチを取り出して、そこで、ハッとした顔をして俺の方を見た。<br><br>「ど、どうした?」<br>「あたし、さっき黒崎くんに、だっだきっ抱きついたね!?」<br>「あ、あー……そうだった、な。」<br>「マフラーにすっごく顔こすりつけちゃった!お化粧ついちゃったかも!あ……マフラー……。」<br><br>井上が、綺麗な手で口元をおさえる。そして、はにかんだ。俺にも井上の考えていることが伝わって、なんとなく気恥ずかしくはにかむ。<br><br>「ずっと、使ってくれてたんだね。」<br>「おう。遊子がほつれたの直してくれたりしてな。暖かいぜ、あれ。ありがとな。」<br>「ううん、こちらこそ、ずっと大切にしてくれてありがとう。すごくうれしい。……でも、汚しちゃったかも。」<br>「また洗えばいいだろ。」<br>「だけど……あ。」<br><br>井上はスカートの裾をいじりながら、新しいのプレゼントしてもいい?とおずおずと聞いてきた。<br><br>「いいって、そんなわざわざ。」<br>「わっわざわざじゃないの。ぜんぜん、そんな……。う、うちに、たくさんあるの。」<br>「マフラーが?」<br>「う、うん……。」<br><br>井上は、何やらそわそわと髪や服やバッグを触って、それからようやく、あのね、と話し出した。<br><br>「あたし、毎年クリスマスにマフラー編んでるの。」<br>「へえ。」<br>「く、黒崎くんに……。」<br>「ふうん。……はっ!?」<br>「ひ、引いたよねやばいよね気持ち悪いよね!!でもね、クリスマスが近付くと、手、手が勝手に!!あの時、黒崎くんに渡せなかったから、いつか渡したいなって思いながら。だから、家に9年分のマフラーあって、それで、9年前のを黒崎くんが使ってくれてたってことも、すごくすごく嬉しくて!!」<br><br>井上はまくし立てて、わー!!はずかしい!!と膝に顔を埋めてしまった。その様子を見て腹を決めると、ちょっと待ってろと立ち上がる。そして俺は自分の部屋から、小さなボックスを持ってきた。<br><br>「井上。」<br>「気持ち悪いよねほんとに……。」<br>「井上。」<br>「引くよねほんと……。会えるかも分からなかったのに……。」<br>「井上!」<br><br>まだ膝に顔を埋めてぶつぶつやっていた井上の肩を起こす。井上はおどおどとして、あのほんとに申し訳ないです……などと言い募る。<br><br>「あのな、俺も同じだから。」<br>「そうだよね、気持ち悪いって思うよね……。」<br>「そうじゃねえよ。俺も同じことしてたってこと。」<br>「……え?」<br><br>井上が、きょとんとした顔で首をかしげる。俺は咳払いをして、ボックスの中身を出した。8つの、小さな箱や、紙袋。井上はますます首を傾げる。<br><br>「9年前の俺は、クリスマスに好きなやつに贈り物を贈るっていう発想がなくて、井上のマフラーとクリスマスカードを見て初めて気付いた。」<br>「……。」
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